黄昏時に

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【フリー台本】帰巣本能と君【短編小説】

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あの場所に帰りたい。

一人になれる場所。

何も考えず、ただ静かに息をつける場所。

誰の声も届かず、自分だけの時間が流れる、そんな場所に。

耳を塞ぎ、顔色をうかがい、空気を読み、気を遣い続けることにもう疲れてしまったから。

 

何も聞きたくない。

声も、音も、すべてを遮断したい。

 

 

今の環境が自分をどれほどすり減らしているのか、わかっている。

誰にも縛られず、自分のままでいられる時間がほしい。

心の中で広がる息苦しさを、少しでも解き放ちたい。

ただ一人で、静かに風の音を聞いていたあの頃に戻りたい。

 

でも、帰れない。戻れない。

もうあの場所はないから。

 

思い出の中にしか残っていない場所は、時の流れの中で消えてしまった。

かつての静けさも、心の拠り所だった景色も、今はただ過去の幻となっている。

 

帰りたいと願うたび、胸の奥にぽっかりと空いた空白が広がる。

そこに手を伸ばしても、何も掴めない。ただ虚しさだけが深くなった。

 

これから、どこへ行けばいいのだろう。

 

 

この喪失感を抱えたまま、歩き続けるしかないのに、行き先は見つからない。

自由になりたい」という想いだけが、心の中にこびりついている。

 

その自由がどんな形であれ、手に入れるために、動き続けなくてはいけない。何かを始めなければいけない。

もうあの場所は存在しないのなら、自分で新しい場所を作るしかない。

誰も入れない、自分だけの居場所を。

 

そんなことは分かっているのに。

今日も立ち止まり、耳を塞ぎ、自分の殻に閉じこもった。

逃げることばかり、得意になってしまったな。

 

ああ。僕も君のように強くなれたなら、良かったのに。

頭が良かったら、良かったのに。

 

君みたいにどんな状況でも、すぐに立ち上がって走り出せたら。

要領よく、器用に立ち回れたら。

自分で自分の首を締めずにいられたら。

何にも惑わされずに自分を持っていられたら。

 

そうだったら、良かったのに。

でも君のような存在だったら、君を好きにはなっていないんだろうな。

 

こんなどうしようもない僕だから、どうしようもなく君に焦がれたよ。